#016 : 「プロップ」の定義
プロップとはそもそも何なのでしょうか?私は「実際に映画の中で使用された小道具」だと定義しています。映画を制作するにあたり、美術班は同じものをいくつも準備します。シーンによって使い分ける場合や、破損・紛失に備えるためです。しかし同じものを製作すると言っても、それぞれが全く同じディテールを有しているとは言えません。ましてや、エンドスケルトンのような複雑な造型物は、全く同じように作ることは困難です。作る人が違えば、出来上がりも違うでしょう。もしかしたら、「こんな細かいところはスクリーンに映らないから」と、多少手を抜くこともあるかも知れません。ですから、シーンによって細部に違いが見られるのは当然なのです。アニマトロニック・バスト ver1.1を製作している期間中、常にこの問題が頭にありました。細部を造型する際に参考とする映画のシーンのキャプチャ画像や文献にある写真はどれも違いがあり、「どれが正解なのか??」と頭を抱える日々が続きました。最終的に私は「正解など無い」という結論に達したのです。「私が今取り組んでいるのは『ターミネーター』を製作しているのであって、『プロップのコピー』を作っている訳ではないんだ」と。それはつまり現実からは少し距離を置いた「妄想」の世界です。「もし実際にターミネーターが存在したら・・・」という切り口で製作を進めていったのです。モチーフとした「1作目の工場内での追跡シーン」のターミネーターの雰囲気がいかに表現できるか、という1点だけに集中することにし、画像や文献の中で溺れていくことをやめた瞬間でした。もちろん、勝手な妄想と解釈から産まれた独自のアイディアを採用することは決してありません。
例えば「眼球はもしかしたら青く光ることがあるかもしれない」と青色LEDを買いに走ることはないですし、「歯は一本ぐらい抜け落ちていてもいいだろう」とペンチを手にすることもないのです。こうした勝手な解釈による産物は、マニアの失笑を買い、冷たい目で見られるだけなのだということはよくわかっていますから。
こうして、数あるプロップの細部を考察し、自分なりにそれらを組み合わせて作り上げたのがT-STUDIOのアニマトロニック・バストなのです。動画を見て頂ければ最もわかりやすいのですが、「1作目の工場内での追跡シーン」でのエンドスケルトンの雰囲気は十分に表現できたのではないかと自負しています。
上の画像は、岐阜県高山市にある「留之助商店」に展示されている等身大エンドスケルトンです。この店のオーナーである中子真治氏は、ジャーナリストとして「SFX」という言葉を日本に紹介した人物で、生前のスタン・ウインストンとも親交があったといいます。このプロップは、下半身のすべてが正真正銘・1作目で撮影に使用されたもので、頭部も1作目のものと言われています。その他の部分は、2作目のものが一部使用されていて、全体としてみれば「1作目と2作目のプロップの集合体」と表現できます。いずれにせよこの貴重な展示物を見るために日本全国はもちろん、世界中から多くのマニアが見学に訪れるといいます。もともとはスタン・ウインストンスタジオの応接室に展示されていたものです。 実物を目の前にしたとき、私は異種独特の「神々しさ」を感じました。「映画のプロップ」の域を超越した「芸術作品」と呼ぶに相応しい存在感がそこにありました。
研究と考察
関係者へのインタビュー