2018年DORO☆OFF作品[解説編その3]

粘土 石膏

解説編その2をアップした後に、最終段階の粘土原型写真を発見したので掲載しておきます。最終仕上げの段で特に気を遣ったのは、アゴから胸元までのライン&両耳&両腕の3箇所です。つまり未来肌着を着たりFHを被ったりした際にも「見える部分」であり、逆に言うと見えない部分、腹部とか頭頂部・顔面の殆どなどはそこそこで留めています。なんせこの時点で展示まで1ヶ月を切っていて、とにかくどんどん前に進んで行かねばならぬ状況下にありました。普段なら嬉々として取り組む「見えないオシャレ」は問答無用にオミットしたのです。その分、肩やら鎖骨やら指先の仕上げ作業には神経を遣ってたなあ……妻が。

この後、普段使う教材用の石膏では無く、樹脂がほんの少し配合された特殊な石膏を用いて型取りを行います。

吉野石膏

[石膏型の製作と分割・脱型]

ババーン、これが我が家での通称「亀仙人の甲羅」です。アホみたいに重いです。しかもこれが半面(A面)なので、ひっくり返して更に半面(B面)いかねばなりません。これ以降の写真がなくて非常に残念なのですが、これをひっくり返すのにまずひと苦労(内部の粘土原型を破損しないように)。そして同じように反対側にも石膏を掛けて甲羅二枚合わせがようやく完成…。

後日、夫婦間で全ての工程を振り返った際『あれが一番キツかった』と声を揃えるのがここからの一連の作業でした。少々長いですがもしよろしければ引き続きお付き合い下さい。

まずB面の完全硬化後、この甲羅の二枚合わせ約50キロ、内部の粘土原型で20数キロの計70キロを作業台から床に下ろす必要がありました。例えば、70キロの成人男性を背負ったり抱き上げたりはなんとかできそうですが、この600ミリ×1200ミリほどに凝縮された70キロを持ち上げるのは男女のペアではキツいです。仮に持ち上げられても「それをそっと床に置く」ことなどは不可能。まともに指を掛けられる部分も無く、あったとしても石膏の破損が恐くて無理な持ち方しかできないのです。この時はさすがに「榎本君、助けてくれー」と心の中で叫びました(男二人でもキツかったと思いますが)。隣のご主人に頼むにも深夜すぎる…てゆうかそれ以前にこんな光景を隣人に見せられるわけがない

で、どうしたか。ここで妻からある提案。「まずテーブル下にフラットにした状態の座椅子を配置する。そしてその上に丈夫な空の段ボールを組んで置いておく。二枚合わせのこの甲羅を、テーブルから落ちる寸前までスライドさせた後に二人でしっかりホールドしてその上に置く。最悪そこに落とす!あとは段ボール頼み!」という大胆プランが…。指を鳴らして「ハイそれ採用」と僕即決。その超絶作戦を敢行した結果…甲羅は無事に床へ…しかし妻が最後の最後に甲羅で膝を強打し苦悶…。すまん妻…。

そしてこのシーケンスで最大の山場「この二枚合わせ甲羅を破損無く分割する」という工程。本来、このような石膏の分割型を作る場合A面の硬化後に、B面と接する部分にカリ石鹸を溶いたものを塗布し、石膏同士の癒着(密着)を防ぎます。皆さんご存知、シリコンで言うシリコンバリヤーもしくはリンレイのブルーワックス的役割です。もちろん我々も入念にカリ石鹸溶液を何重にも塗布しました。しかし!このページの一番上の右側の写真をよくご覧頂くと分かるのですが、原型の周囲に掘ってある溝(型同士のズレを防ぐための凹凸の凹側)が深すぎた!ここにガッチリ食い込んだB面がまったく剥がれようとしない…。

このクソ重い二枚甲羅をなんとか立てて、分割ラインにノミを当てがってハンマーで叩く、叩く…割れない。音も結構なモノで、深夜ゆえ隣家にも気を遣う遣う…。明日に持ち越すという発想など無かった我々は意を決して音もお構いなしに更に強く叩く叩く。でも割れてはいけない部分まで割れないように配慮しつつ…。

実はこの闘いにはまだまだ続きがありますが大幅に割愛します。結論から言うと、A面とB面は最終的にキレイに離れてくれました。しかし、割れてはいけないA面も二枚に割れてしまいました。次の工程でシリコンに置き換えても例の未来肌着で隠れる部分だったのが不幸中の幸い。

もしご家庭でお試しされるという方(いるはずもないが)へ教訓をここに記します。1.作業姿勢は辛くなるが、後々苦労するので石膏型製作は床でやれ 2.型ズレ防止溝の凹は3ミリ程度の深さに留めよ 3.癒着防止にはカリ石鹸ではなくワセリンを使用せよ の3点です。勇敢な挑戦者の健闘を祈ります。

シリコン置換

[シリコン置換作業]

いきなり置換後の写真で恐縮です。なんせ、写真を撮る心の余裕もこの辺りでは全く無かった…。それにシリコン特有のベタつき防止のために常に手袋をしており、カメラも携帯も触る気になれず。ここに辿り着くまでに、石膏型からの粘土原型の脱型・付着した粘土カスの除去・シリコンの離型用にワセリン塗布・シリコンピグメント各色を使って白人男性の肌色を調色・石膏型へのシリコン刷毛塗り・甲羅のAB面再合体&荷締めベルトでの固定・中空のシリコン内部に発泡ウレタンを注入、という7つの工程を経ています。これらは全て、英語で検索すればいくつかの動画や解説サイトに辿り着くことができます(いつか時間を見つけて参考にした動画やサイトをまとめますので現時点ではどうかご勘弁を)。

割愛した上記工程のうち1つだけ書かせてもらいます。それは「肌色の調色と付加型シリコンの特性」です。使用したシリコンは、通常型取りに使う「縮合型シリコン」ではなく「付加型シリコン」で、硬化時間が速いため作業性が良く人体に有害なガスが発生しないという特性があるのですが、代わりにとても高価でしかも硬化不良が起きやすいデメリットがあります。色は透明なため、専用の着色剤(シリコンピグメント)を使用すれば好みの色にできます。2液式の他の樹脂(レジンキャスト等)と同じく主剤に色を付けた後に硬化剤と混合するので、実際の主剤の色から色味が薄くなる点に注意が必要。また硬化不良を防ぐためには主剤・硬化剤の混合比厳守はもちろんのこと、使用する攪拌容器・攪拌棒に薬品類が付着していないことが必須となります。紙コップやプラカップ、割り箸などは実はコーティング剤や可塑剤が付着しているものがあって、それらが悪さをして硬化を阻害するようです。ですので、まず本番に行く前に必ず使用するカップ等にそれらが付着していないか、少量のシリコンでテストする必要があります。特殊造型業界の人からすると当然のことなんでしょうが、あちこち調べてもあまり有用な情報が日本語では見つけられなかったため、先人の知恵として一応書き記しておきます。

木製フレーム T-STUDIO

[可動機構の考案1]

さあようやく人体部分ができました(8月29日)。胸部内側に仕込む呼吸ギミックのための機構作業に取り掛かるワケですが、その為に本体を支えるフレームの製作です。このフレームは、アクリル製展示ケースの中に収まるため美観は要求されません。しかし、穴位置や支柱位置をここでミスれば後々に泣きをみるので寸法精度に関しては慎重に取り組みます。まずシリコンボディをエンドピローを仮固定し、本体後頭部から刺さる支柱と胸部に刺さる支柱の位置決めを入念に行ってフレームのパラメータを確定させます。

機構イメージ T-STUDIO

次に胸部内に収める呼吸ギミック。ここまでの苦難の道の中で常にモヤモヤと頭の片隅にあったのがこの機構のことで、「おそらくこれでいけるだろう。やってみんとわからんけど」というまさに机上の空論。このイメージ図自体もずっと頭に描いていたものですが実際に書き起こしたのは9月5日。ドロオフまで20日を切った頃です。「低速ギヤードモーターとカム、カムフォロアを用いて胸部全体をプレートを介して持ち上げる」という作戦。

胸部メカ T-STUDIO

思った通りに事が運べば人生ハッピーですが、そう上手くいかないのがやはり人生。挙動が安定しない、動きがわざとらしい、駆動音がうるさい等…。相変わらず写真が無いのが悔やまれますが、上の写真の最終形態に辿り着くまでに5日を費やしています(9月10日)。ちなみにカムは当初、アルミ切削でワンオフ製作予定でしたが時間が無くて結局「2ミリプラバンの6枚積層構造」で作りました。また、ここまでの間に両腕の型取りとシリコン置換を妻の手を借りて併行しておりました。手前にあるのがシリコン製右腕です。

フェイスハガー 顔面

[フェイスハガー本体]

今回の作品の中心であるにも関わらず、ここでようやく登場です。もちろん、時系列で言えば8月後半くらいから本格的に着手していました。「ツクダのキットを改修」と謳ってはおりますが、一旦粘土に置き換えて各部を改修しています。具体的には、エイリアン2作目仕様の細かなディテールを1作目のあっさり風にしたり、睾丸部分を大きめにしたりしています。そして最も大事にしたのは「顔面とのフィット感」です。ソフビ製フェイスハガーを所有されている方はおわかりでしょうが、アレをそのまま顔に当てがってもまったくフィットしません。僕のイメージは「あまりよく絞っていない濡れ雑巾を、おもいきり相手の顔面にビシャっと投げつけた感じ」なので、顔にベチャっと(ペタっ、ではない)張り付いているイメージで形状を整えています(NG版の僕の顔原型を保管しておいて助かった)。粘土状態で形状を整えるのみならず、FH裏側のあの特徴的な○○造型は割礼と称して切除していますし、僕(ケイン)の鼻も取り除いています。

フェイスハガー シリコン

 かくして軟質素材へと置き換わったフィット感抜群のFH本体。いかがでしょうか。睾丸部分が透けるほど薄いのは、後に呼吸ギミックを仕込むために裏側から丁寧にそぎ落としたためです。また尻尾に繋がる下端部分は、粘土での調整の際に右側へ捻りを加えております。

シリコンヘッド

自らを模した頭部から鼻やら頬やらを切除する経験はなかなかできるものではありません。その際の心理はうまく言葉で表せません。とりあえずナイフを入れる瞬間にひと言「ゴメン!」と叫びました。

睾丸メカニズム

[可動機構の考案2]

ペイントに移りたいのをグッと我慢し、睾丸部分の可動機構に着手です。上の図は当初考えていた機構イメージ。やはり机上論でして、最終的にボツとなります。木で試作を、次いでアルミ板やアルミステーを用いていいセンまでいきましたがやはり安定感と耐久性に疑問があり、断腸の想いでボツとします。約36時間の苦労が水泡に帰した瞬間。そして『失敗は成功のマザー』を例によって繰り返し唱え、思い切った方向転換を決断。

ワイヤー制御 サーボ

[可動機構の考案3]

カムとモーター任せで「一定速度で押す・戻る」の機構を断念し、ワイヤー+サーボ制御による「引く・戻る」方法へと切り替えます。この時点で、当初描いていた「指と尻尾の可動」は時間的に不可能であることから完全に諦めていたため、もしこの作戦が失敗に終わればまさかの「ケインの呼吸のみ」という淋しい作品となってしまいます。それだけは避けたい…でも時間が無い…。ワイヤー機構は従来から興味があったためそんなに苦労はしなかったし、サーボの何たるかについては小学生の頃に通ったラジコンの経験からだいたいはわかっています。たかだかワイヤーを引くだけだからトルクは要らない、作動音を最小限にしたいから樹脂ギヤのものを使う…等々。

しかし!いかんせん「サーボ制御のためのマイコンプログラミング」に関しては完全に素人な私。ペイントや仕上げに時間を割きたいし、何よりもどんどん前に進まねばならぬ状況ではありましたが、僕は決心します「24時間で、マイコン制御をマスターすべし!」と。

 

フェイスハガー GIF

サーボ挙動のプログラミングの前に、手動でワイヤーを引いたり戻したりしているところ。意識は朦朧、でも顔はニヤニヤ、の瞬間。

9月14日。「人間、追い込まれたら信じられないほどの集中力と根性が出るのだ」ということを知りました(これもメンタル編で言及予定)。あっさり書きますが、この日の丸一日かけて睾丸可動機構のワイヤー制御・プログラミングに成功しました。自宅にいると集中できないし、どんどん作業を進めたい衝動に駆られるため、事務所のデスクで参考書を用いて12時間に及ぶ座学。結果「引くときはややゆっくり、戻すのは速く」というタイミング調整から、ワイヤーの確実な取り回しまで全てほぼパーフェクトな出来。ドロオフ展示中の故障の危惧や、もしかしたらドロオフ展示後に誰かの手に渡るかもという予見のもと「永年動作し続ける耐久性」に関しても細心の注意を払いました。

実はこの9月14日という日は僕の誕生日であり、妻の誕生日でもあります。娘からしたら「両親の誕生日」であるこの日は1年に1回の大イベントでもあって、そちらの参加(お祝いされる側)をも無事こなしたのであります。生涯忘れないであろう42歳の誕生日…

 

まさかの「その4」に続く…

 

 

 

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comment

  1. 土井大介 より:

    すごいすごい!
    その3からぐっと専門誌の読み物のよう。
    ご夫妻の闘いの記録としての読み応え抜群のコラム。
    そしてまさかのその4に
    To be Continue・・・
    楽しみです。
    冊子も待ってるよ♪

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